精神的なショックや大きな恐怖などで過呼吸を引き起こすことがあるのは、比較的よく知られていることです。このようにストレスや緊張といった心理的な要因が過呼吸という身体的な症状を引き起こすのはなぜなのでしょうか。
今回は、過呼吸(過換気症候群)について、その原因や症状が起こるメカニズム、過呼吸が起こってしまった場合の対処法や周囲の人の接し方について説明します。
過呼吸(過換気症候群)とは?ストレス以外にも原因はあるの?
過呼吸とは、言葉のとおり呼吸をしすぎている状態です。正式名を過換気症候群と言い、自分で意図することなく発作的に呼吸が速くなり、それを止めることができないために血液中の二酸化炭素濃度が低下し、全身にさまざまな症状を引き起こすものです。男性より女性、特に若い世代に多い傾向があります。
過呼吸を発症する原因のほとんどは不安や恐怖、緊張、興奮、ストレスなどの心理的な要因です。呼吸運動の深さと回数が異常に増加した状態で、基礎疾患のない健康な人でも心理状態によっては引き起こすことがあります。そのため、パニック障害の一症状として扱われることも少なくありません。
他にも、心理的な要因がなくても激しい運動によって呼吸が乱れ、過換気を引き起こすケースもあります。過呼吸を引き起こす患者さんの中には、呼吸器系・循環器系の疾患を抱えている人もいて、最初に現れた症状が過呼吸ということもありえます。また、過呼吸に伴う手足の痺れは脳疾患や糖尿病などにも見られますので、発症したらまずは過換気症候群以外の基礎疾患がないかどうか、内科や呼吸器科を受診して確認するのが良いでしょう。
平常時には、呼吸で血中の炭酸ガス(二酸化炭素)濃度が低下すると、脳からの指令が出て呼吸が抑えられ、酸素を取り込みすぎないよう制御されます。しかし、不安や極度の緊張などで精神的に不安定な状態になると、こうした呼吸機能の調節がうまく働かず、息を激しく吸ったり吐いたりする過呼吸の状態が続いてしまいます。
過換気症候群の状態が続くと、血中の炭酸ガスが減って血液がアルカリ性に傾きます。すると脳の血管が収縮して脳への血流も減少するため、頭がぼーっとしたり、めまいが起こったりします。さらに、手指の血流が減ると手がしびれることもあります。血液がどんどんアルカリ性に傾いていくと、酷い場合は全身に痙攣が起こることもありますので、注意が必要です。
通常、血液のpHは7.35〜7.45の間になるように調節されています。過呼吸で炭酸ガスが抜けていくと、pHが上がってアルカリ性に傾いていきます。pH7.45以上になると、身体はpHを元に戻そうとします。このとき、血液はアルカリ性に傾いて水素イオン(H+)が少なくなっていますので、水素イオンを増やすため、血中のタンパク質の大部分を占めるアルブミンから水素イオンを切り離します。
すると、水素イオンを失ったアルブミンは、代わりにカルシウムイオン(Ca2+)と結合するため、血中のカルシウムイオンが減少します。とはいえ、血中から消失したわけではありませんので、採血などで検査を行ったとき、低カルシウム血症などの異常を起こしているわけではありません。
カルシウムイオンは、神経の興奮を抑えるために重要な働きをしており、カルシウムイオンとナトリウムイオン(Na+)のバランスで神経が興奮したり抑えられたりしています。そのため、カルシウムイオンだけが減少すると、ナトリウムイオンの働きで神経が興奮しやすくなってしまうのです。
その結果、手足や唇などの末梢神経がしびれたり、神経が支配している筋肉が異常に収縮してしまったりして、硬直や痙攣が生じるというわけです。
ストレスによる過換気症候群で起こる症状や体の変化は?
過換気症候群では、過呼吸のほか、めまい・ふらつき・失神、頭痛・動悸・胸痛・不整脈、吐き気・腹痛・発汗・口の渇き、しびれ・痙攣・硬直などの症状が見られます。これらの症状は、過呼吸によって起こる「過換気症状」と、不安や恐怖による「交感神経症状」の2つが互いに影響しあって悪化していきます。
ストレスや不安、緊張で息苦しくなると、身体は反射的に「もっと息を吸って酸素を取り込まなくては」と焦ってしまいます。焦りから不安が生まれ、交感神経症状で呼吸が速くなり、息苦しさが増して過呼吸がより悪化します。すると、ますます不安が強まり、交感神経症状が増幅されてしまう、というように症状が進行していってしまいます。
過呼吸による過換気症状と、不安による交感神経症状を大まかに分けると以下のようになります。
- 過換気症状
- 呼吸の主な目的は、肺に新鮮な空気をとりいれ、血中の二酸化炭素と酸素を交換すること
- 過換気症候群に陥ると、通常の呼吸で充分に酸素がいきわたっているにも関わらず、過呼吸に陥ってしまう
- 酸素が必要以上に多くても問題ないが、呼吸で身体から二酸化炭素がどんどん抜けてしまうことが問題
- 二酸化炭素が抜けていくと、脳や心臓の血管が収縮してめまい・失神・頭痛・胸痛・動悸などが起こる
- 血液がアルカリ性に傾くことでカルシウムイオンが減り、しびれや痙攣・硬直が起こる
- 交感神経症状
- 不安や緊張が高まると、身体を戦う(活動する)モードに切り替える「交感神経」の働きが活発になる
- 交感神経の働きで、心拍数が増えたり呼吸が速くなったり、筋肉が緊張してこわばったりする
- 過換気症状とこれらの症状が合わさると、さらに症状が強まっていく
このように、過換気症候群の症状は過換気症状と交感神経症状どちらか片方から生じるのではなく、両者が合わさった相乗効果によって症状が生じ、進行していくものです。では、過換気症候群の症状について、もう少し詳しく見ていきましょう。
過呼吸や息苦しさが起こるのはなぜ?
過換気症候群で最も特徴的な症状はもちろん「過呼吸」で、「突然の恐怖や緊張によって急激に症状が発生する」場合と、「日常的に不安や疲労感があり、それが強まって過呼吸になってしまう」場合があります。いずれの場合にも、なんだか息苦しいという感覚からスタートし、息苦しさから「もっと空気を吸わなければ」と焦り、呼吸が速く浅くなってしまいます。
しかし、このときの息苦しさは身体に酸素が足りなくて起こっているわけではありません。実際に、過呼吸を起こしている人に酸素飽和度をはかる「パルスキシメーター」をつけると、ほとんどのケースで100%となります。つまり、息苦しいのは物理的な問題ではなく、あくまでも心理的な問題なのです。
過剰な不安や恐怖、緊張などのストレスによって、延髄にある「呼吸中枢」のバランスが崩れ、息苦しさが止まらなくなってしまうのです。そのため、いくら呼吸をしても息苦しさは改善されません。そればかりか、「もっと息を吸わなければ」と焦って余計に過呼吸を引き起こしてしまいます。逆に、不安感が落ち着けば、自然と過呼吸も落ち着いてきます。
ですから、過呼吸のときに大切なのは「吸うよりも、吐くことを意識して呼吸を整える」「気持ちを落ち着ける」という2つのポイントです。過換気症候群による過呼吸発作は長くても30分程度で落ち着くケースがほとんどであり、このことをきちんと理解しておくだけでも気持ちが落ち着く人もいます。
めまい・頭痛・吐き気が起こるメカニズムは?
めまいや頭痛、吐き気が起こるのは「過呼吸によって二酸化炭素が減少して血管が収縮した」から、という理由に加え「不安によって交感神経が高ぶった」ことにもよります。これら2つが重なると「めまい・ふらつき・失神・頭痛・動悸・胸痛・不整脈・吐き気・腹痛・発汗・口の渇き」などの症状が現れます。
普通に呼吸ができている状態では、酸素飽和度は100%近くになっています。このとき、過呼吸の発作が起こると換気が活発に行われます。酸素はもともと飽和に近いため、ほとんど濃度が変わりませんが、不要な二酸化炭素はどんどん排気されてしまいます。すると、血中の二酸化炭素濃度がどんどん低下していきます。
二酸化炭素は、液体に溶けると液性を酸性に傾かせる性質があります。ですから、血液中から二酸化炭素が減りすぎると、液性から酸が抜けてアルカリ性に傾いていきます。これを「呼吸性アルカローシス」と言います。すると、身体は「血中の二酸化炭素が少ない、つまり酸素が充分にある」と判断し、血流を抑えようと肺を除く全身の血管を収縮させてしまいます。
脳の血管が収縮すれば脳の血流が低下して「めまい・ふらつき」が起こります。場合によっては意識が遠のいて失神してしまったり、血流低下から頭痛に至ったりすることもあります。また、心臓に栄養を供給する「冠動脈」という血管が収縮してしまうと「動悸・胸痛」がしたり、脈が速まって不整脈になったりします。交感神経症状で動悸や頻脈が強まることもあります。
胃腸に栄養を供給する血管が収縮した場合、胃腸の働きが乱れるので「吐き気・腹痛」などが見られます。交感神経が高まると余計に消化活動が抑えられますので、さらに胃腸の働きが弱まります。そして、交感神経の高ぶりによって発汗が起こったり、口の渇きが生じたりすることもあります。
手足がしびれ、身体が硬直するのはどうして?
過換気症候群では、手足や唇が急にしびれたり、筋肉が痙攣して硬直したりすることもあります。最初はしびれを感じることからスタートし、それがさらに不安を呼んで過呼吸が酷くなり、筋肉の痙攣や硬直にまで発展してしまいます。
こうした症状に襲われると、何か重篤な疾患ではないかと驚いて恐怖や不安を感じてしまう人も多いのですが、これはあくまでも過呼吸で血中のカルシウムイオン濃度が減っただけの一時的な症状であり、呼吸が落ち着けばカルシウムイオンも正常に戻りますので、何事もなかったかのように症状は改善していきます。
過換気症候群で後遺症が残ることはある?
ストレスが原因で起こった過換気症候群の場合、後遺症が残ることはありません。呼吸が落ち着いて不安がおさまり、過換気症状や交感神経症状が落ち着けば、症状はいずれも落ち着いていきます。これらの症状はどれも一時的なものなので、過換気症候群による後遺症が残ることはありません。
過呼吸になったとき、どう対処すればいいの?
ここまでご紹介してきたように、過呼吸(過換気症候群)のほとんどはストレス・不安・緊張・恐怖などの心理的要因から起こります。逆に言えば、気持ちが落ち着けば症状も次第に改善していき、きれいに治ります。ですから、「気持ちを落ち着かせ」「呼吸を整える」という2つのポイントを意識して対処を行いましょう。
ただし、過呼吸は呼吸器や循環器系の基礎疾患から発生する場合もありますので、初めて過呼吸が起こったときや、何らかの基礎疾患を抱える方、高齢者の場合はセルフケアだけで済ませず、病院に行って原因を検査してもらうことが重要です。
過換気症候群への対処といえば、一昔前は紙袋を使う「ペーパーバック法」が主流でしたが、現在ではこの方法はむしろリスクが高いと考えられています。そこで、具体的には以下の5つの対処がおすすめです。
- 会話する、飴を舐めるなど注意をそらす
- ストレスを感じたり、過呼吸になりそうな予感がしたりするときは、意識的に代わりの何かを行うとしのげることがある
- 会話をしたり、飴を舐めたりするとそちらに注意が向き、息を吸いすぎないよう調節できる可能性がある
- 呼吸がコントロールできなくなってきたら、詰まらないよう飴を吐き出す
- うつぶせに寝る、座って前かがみになる
- 過呼吸に発展してしまったときは、ほとんど胸式呼吸という浅く速い呼吸を行っている
- 息を吐ききらずにまた吸ってしまうので、充分に息を吸えていないという呼吸困難感を感じやすくなってしまう
- 深く息を吐いて、またゆっくり吸う「腹式呼吸」を意識することで、呼吸困難感が薄れる
- うつぶせで寝たり、前かがみで座ったりすると胸で息を吸いにくくなるので、自然と腹式呼吸しやすくなる
- ゆっくりと息を吐く
- 呼吸が増えすぎて過呼吸発作が起こるので、呼吸をゆったり落ち着けることが重要
- 吸うことよりも吐くことを意識すると、呼吸を落ち着かせやすい
- 一般的に、息を吸うよりも吐くほうに時間がかかるので、過呼吸のときは時間の短い吸気をどんどん繰り返してしまう
- 息を吐く方に意識を集中し、できれば口をすぼめて息をゆっくり長く吐く
- 発作がひどくなってきたら、「吸って・吐いて・吐いて」の1:2のリズムを意識して呼吸する
- 頓服薬を飲む
- 気持ちを落ち着ける「抗不安薬」を頓服として服用する予防的な方法もある
- 急に不安に襲われた場合、水なしで噛んで服用し、効き目を早めるのもOK
- 特に、ワイパックスは噛んでも甘みがあり、舌の下からの吸収率も高まるとされている
- お守りのように持っているだけでも安心感が得られるので、とりあえず処方してもらっておくのもよい
- 焦らず、落ち着くのをじっと待つ
- 過呼吸は、しばらくすると自然と落ち着いて後遺症もないため、焦らず落ち着いて待つ
- ほとんど15〜30分くらいで落ち着くので、無理に薬を使ったり急激に落ち着こうとしたりしなくても良い
- 薬が効き始めるよりも、過呼吸が落ち着く方が早いこともある
頓服薬として使われるのは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬が中心です。即効性があり、不安や緊張をすぐに落ち着けてくれます。ワイパックス(ロラゼパム)、ソラナックス/コンスタン(アルプラゾラム)、デパス(エチゾラム)、レキソタン(ブロマゼパム)、リボトリール/ランドセン(クロナゼパム)、リーゼ(クロチアゼパム)などの薬が使われることが多いです。
ペーパーバック法はリスクが高いって本当?
かつては過呼吸の対処法として一般的とされていたペーパーバック法は、自分が吐いた息を再び吸うことで、過換気で逃げた二酸化炭素を再び取り入れ、症状を落ち着かせられると考えられ、実践されてきたものです。しかし、この方法は現在では間違った対処法とされています。
この方法では、確かに血液中の二酸化炭素濃度のバランスが少し戻り、症状は多少軽減してくることもあります。それによって気持ちが落ち着く人もいるでしょう。しかし、紙袋をあてて呼吸することの圧迫感から、ますます不安が高まり症状が悪化してしまう人もいます。さらに、酸素がうまく脳にいかなくなってしまったり、基礎疾患があるときに致命的になったりするという大きなリスクが指摘されています。
紙袋をあてた状態で過呼吸が続いていると、最終的に紙袋内での酸素濃度が低下していき、本当に酸素が足りなくなってしまうリスクが高いのです。実際に、ペーパーバック法による死亡例も報告されています。基礎疾患によって過呼吸が起こっている場合には、過呼吸によって身体をなんとか生きながらえさせている場合もありますので、過呼吸だけを抑えようとするとそれが致命的になってしまうかもしれません。
このような理由から、今ではリスクの大きいペーパーバック法は行うべきでないとされています。特にストレスによる過換気症候群の場合、時間が経てば落ち着き後遺症も残らないため、上記のような方法でただ気持ちと呼吸のスピードを落ち着けることに集中するのが良いでしょう。
過呼吸になった人に周りの人はどう接すればいい?
過呼吸を起こした人がいると、周囲の人も慌ててしまいます。特に、家族や友人に過換気症候群が起こった場合、何の知識もないとつい焦ってしまうことも多いでしょう。そこで、「あくまで冷静に」「話しかけて安心させ」「できれば、落ち着いた環境に移動」という3つのポイントをおさえておくのが重要です。
- あくまで冷静に
- 基礎疾患がなく、ストレス性の過換気症候群だとわかっている場合は、冷静に対処することが重要
- 過呼吸は必ず落ち着くことを理解し、本人に安心感を与える
- 過呼吸は、恐怖や不安がどんどんエスカレートしてしまうことで進行していく
- 周囲の人が慌ててしまうと、患者さん本人の不安や緊張もどんどん強まってしまう
- 話しかけて安心させる
- そばに寄り添い、背中をさするなどしながら安心させるように話しかける
- 「私がついているから大丈夫」「落ち着いてゆっくり呼吸すればよくなるよ」など、低いトーンでゆっくり声をかける
- 会話する余裕があれば、話しかけて呼吸の回数を抑えるのも良い
- 落ち着いた環境に移動する
- 過換気症候群による過呼吸の場合、苦手な状況がきっかけになっていることも
- 閉塞感のない落ち着いたところに移動すると、不安が落ち着くことも多い
- 発作が酷いときには無理をしなくて構わないが、できれば落ち着いた環境に移動するのが良い
例えば、パニック障がいの人は逃げ場のない状況、助けの得られない状況、電車やバスなどの公共交通機関、歯医者や美容院、人混みの中などで不安が高まる傾向にあります。ですから、過換気症候群の場合もこうした状況を避け、閉塞感のない落ち着いた環境に移動することで気持ちが落ち着くこともあります。
おわりに:ストレスや緊張から起こる過呼吸は、気持ちを落ち着かせることが重要
ストレスや緊張から起こる過呼吸は、あくまでも一時的な症状で後遺症が残るものではありませんが、動悸や胸痛、手足のしびれなどが起こると不安や恐怖で余計に過呼吸の症状がひどくなってしまうこともあります。
そこで、過呼吸が起こったときはまず気持ちを落ち着かせ、呼吸を整えることに集中しましょう。ただし、初めて過呼吸が起こったときや高齢の方などは、基礎疾患があるかもしれませんので、まず病院で診察を受けましょう。
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