身体的なストレスだけでなく、精神的なストレスがかかることでも身体にはさまざまな影響が生じることがわかっています。例えば、ストレスによって消化器官の働きが弱り、胃腸の調子が悪くなるなどは典型的な例です。
今回は、そうしたストレスによる身体への影響のうち、胸の痛みと心臓の関連性についてご紹介します。胸の痛みに関わる疾患の種類や、日頃からの対処法も見ていきましょう。
ストレスで心臓の負担がかかるのはなぜ?
心臓や血管の働きは、循環器系という神経ネットワークによって制御されています。循環器系の神経は自律神経の一種であり、私たちが普段、意識していなくても自動的に周囲の環境などに合わせて血管の収縮・拡張や拍動のスピードなどをコントロールしています。自律神経には交感神経と副交感神経の2種類があり、ちょうど車のアクセルとブレーキのようにバランスをとっています。
- 交感神経が刺激されたとき
- 心臓では心筋収縮力が増し、心拍数が増えて心臓からの血液拍出量が増える
- 全身の末梢血管が収縮し、血圧が高くなる
- 副交感神経が刺激されたとき
- 心筋収縮力が弱まって心拍数が減り、心臓からの血液拍出量は減る
- 全身の末梢血管が拡張し、血圧は低くなる
このような働きから、交感神経は昼間の活動時や運動時に活発になる「闘争と逃走の神経」とも呼ばれ、副交感神経はリラックス時や睡眠時に活発になる「休息の神経」とも呼ばれています。昼間、活動するときは身体の各部位がたくさんの酸素や栄養分を必要とするため血流量が増え、夜、休んでいるときは血流量が減って心臓や血管の負担が減るということです。
ところで、交感神経は「闘争と逃走の神経」とも呼ばれているように、外部から何らかのストレス刺激を受けたときにも活性化します。精神的・肉体的ストレスのいずれでも、その刺激が大脳を通じて視床下部へと伝わり、そこから交感神経へと指令が飛びます。その結果、心臓が大きく拍動して心拍数が増え、動悸を感じたり血圧が上がったりするのです。
通常、ストレス刺激によってこうした一時的な交感神経の活性化が起こっても、しばらくするとこれを抑えるために副交感神経が働き、心拍数や血圧は次第に平常状態に戻っていきます。しかし、ストレスが長く続いたり、非常に強いストレスがかかったり、不規則な生活を続けたりしていると、自律神経の働きが崩れて交感神経の興奮がなかなかおさまらなくなってしまいます。
交感神経がずっと活性化され続けていると、心臓は常にオーバーワークを続けることになり、当然、平常時と比べて心臓にかかる負担が大きくなります。心臓そのものに異常があるわけではないのに、動悸・息切れ・胸の圧迫感や痛み・不整脈などの症状が現れる「心臓神経症」という疾患もあります。
心臓神経症は自律神経のバランスが崩れることで起こりますが、心臓の機能そのものには何の異常もないため、心電図などの検査を受けても異常は見つけられません。心臓神経症を避けるためには、なるべくストレスを溜め込まないよう心がけ、心身ともに適度な休息をとり、生活リズムを整えることが重要です。
胸の痛みを引き起こす病気の種類は?
前章でご紹介した心臓神経症はもちろんですが、胸の痛みを引き起こす疾患には以下のようにさまざまなものが考えられます。
- 心臓神経症
- 心臓に何も異常が見つからないのに胸の痛みが生じる疾患
- 過労で精神的なストレスを抱えている、心臓病ではないかと過剰な不安感を募らせているなど、心因性の疾患と考えられる
- 安静時に左胸がチクチク、ズキズキと痛む。手で胸を押すと痛みがひどくなる場合も
- 痛みに加え、動悸・息切れ・呼吸困難・めまいなどの症状が見られる場合も
- 過換気症候群(過度のストレスや緊張で過呼吸となり、呼吸困難や頭痛などさまざまな症状を引き起こす)でも同じような症状が見られることも
- 心膜炎
- 心臓を包む心膜に、細菌やウイルスが感染して痛みが生じると考えられている
- 多くのケースで左胸に痛みが生じ、咳や深呼吸によってさらに痛みが増す
- 肋間神経痛
- 身体の左右一方の肋骨に沿うように、突如痛みが生じる
- チクチクする痛みが1分程度で止まる、ズキズキする痛みが何度も起こるなど
- 脊髄や脊柱の疾患などが原因となって発症するケースが多い
- ストレス、運動不足、気圧の変化などが原因で起こる場合も
- 帯状疱疹
- 主に、身体の片側の肋骨に沿って走っている神経に、チクチクとした痛みを伴う細かい水ぶくれが出現する疾患
- 肋骨の異常
- 激しい咳のしすぎで肋骨にヒビが入ったり、骨折したりすると、胸に痛みが生じることがある
- たこつぼ心筋症
- ストレスや感情の激しい変化などが原因となり、心臓先端部にある「左心室」の収縮力が一時低下するもの
- 胸痛・息苦しさ・呼吸困難などの症状が出現することがある
- 肋軟骨炎(ティチェ症候群)
- 肋骨の前方部分にある肋軟骨との接続部分が局所的に腫れて、押すと痛みが生じる疾患
- 男性よりも女性に多く見られ、胸の筋肉部分にある胸壁に痛みが生じる場合が多い
- 肩こり
- 肩こりが肋骨と肋骨の間の筋肉を緊張させ、痛みを引き起こす場合がある
- 肋間神経の付け根部分を圧迫し、痛みを引き起こす場合も
このように、胸の痛みを引き起こす疾患はストレスが原因となるもの以外にも、細菌やウイルスなどの病原体、運動不足などの生活習慣、心血管意外の疾患などが原因となる場合があります。
女性ならではの原因で胸が痛くなることもある?
左胸が痛くなるのは、女性ならではの臓器やホルモンが原因となるものもあります。
- 乳房痛
- ホルモン分泌のバランスが崩れるなどが原因となり、周期的に痛みが変化する
- 特に、女性ホルモンが乳腺を刺激する排卵〜月経前ごろに痛みが増し、月経開始とともに痛みが改善されるという特徴がある
- 乳房痛は、50〜60歳ごろの閉経期にも起こるケースがある
- ストレス過多、過剰なカフェイン摂取なども痛みを増す原因になる場合がある
- 乳腺症
- 乳腺に良性のしこりや乳腺から分泌された液体が溜まり、嚢胞が生じる疾患
- 胸に痛みや張り感が起こる場合がある
- 乳腺炎
- 乳腺に細菌感染が起こったり、母乳が詰まったりすることが原因で起こる
- チクチクするような痛みや、乳腺が腫れて熱を帯びるなどの症状が現れる場合がある
- 胸痛症候群
- 14〜20歳くらいの女性に多く見られる疾患
- 胸にチクチク、ピリピリするような痛みが生じるケースが多い
- 「ここが痛い」と示せるケースが多いので、心疾患ではないと診断される
- 一般的に、日が経つにつれて症状が改善される場合が多い
女性の胸部には、乳房という女性特有の臓器があること、生殖器官であることから性ホルモンの働きに左右されることなどから、女性だけに生じる胸の痛みや関連する疾患があるのです。
胸の痛みで病院に行くべきなのはどんなとき?
胸が痛いと思ったら、どんな場合に病院に行けば良いのでしょうか。ごく軽い痛みなら放置してしまうこともあるでしょうが、以下のような症状がある場合はすぐに病院を受診しましょう。
- 我慢できないほどの痛みがある
- 胸が締めつけられるような痛みがある
- 冷や汗や脂汗が生じ、顔色が悪い
- 息苦しい
- 痛みが20分以上続く
- 痛みが次第に強くなっている
- 意識が朦朧としている
受診する診療科は、原因と思われる疾患や症状によって循環器内科・呼吸器内科・呼吸器外科・内科・心臓血管外科などに分類されますが、自分で判断できない場合はまず内科を受診するのが良いでしょう。そこで診断を受け、異なる診療科の方が適切であると判断された場合は紹介してもらうのがおすすめです。
心臓を守るためには、どんな生活を送ればいい?
心臓に関する疾患や症状を引き起こさないためには、日頃から心臓への負担を少なくするような生活を送ることが重要です。特に、狭心症や心筋梗塞を引き起こす「動脈硬化」は、自覚症状がないまま進んでいきます。
ですから、健康診断などの検査の際には血糖値や血圧、コレステロール値などをしっかりチェックし、正常値に入っていない値があれば生活習慣の見直しをしましょう。要再検査や要受診の項目があれば、放置せず早めに受診することが大切です。生活習慣の見直しでは、食生活と運動習慣の2つを中心に見直すと良いでしょう。
- 食生活
- 食べるときは腹八分目を心がけ、汁物や酒のつまみなど塩辛いものは控えめに
- アルコールやカフェインを多く含むコーヒー、紅茶なども飲みすぎ注意
- 運動習慣
- 血流をスムーズにし、血圧を安定させるための有酸素運動が効果的
- 月に1度だけたくさん運動したり、毎日頑張りすぎて無理をしたりするのは逆効果
- 毎日か1日おきに、20〜30分程度の有酸素運動を
食生活では、食べ過ぎを控えて肥満予防するとともに、塩辛いものも高血圧を招くので摂りすぎないようにしましょう。カフェインを含む飲み物は利尿作用がありますので、血液中の水分が減ってどろどろになり、血管を傷つけたり詰まったりしやすくなってしまいます。運動では、まれにたくさん運動するより、毎日少しずつ運動する方が効果的なことがわかっています。
また、今回ご紹介してきたように、心身のストレスも心臓に負担をかけてしまいます。特に精神的なストレスは見落とされがちですが、精神的なストレスでも交感神経が刺激され、心臓に負担がかかります。特に、ストレスから心臓病を発症しやすいタイプの人は仕事熱心で几帳面、負けず嫌いなど、ストレスを感じやすい性格をしていることが多く、過食や飲酒、喫煙などの心疾患リスクを高める生活習慣に陥りやすいのです。
そこで、心身のストレスを軽減するため、以下のようなことに気をつけましょう。
- 気分転換をする
- 強いストレスがかかると、そのことだけを考えすぎてマイナス思考にとらわれがち
- 自分を労ることも大切にして、散歩に出たり好きな音楽を聴いたりする時間をつくる
- 無理をせず休む
- 疲れたと感じたら思いきって休み、心身のエネルギーを回復する
- 家族と触れ合う時間をつくる
- 身近な人と話したり一緒に出かけたりして、コミュニケーションでストレス解消
- 趣味を持つ
- ほとんどの人は仕事に集中しすぎてストレスを溜め込みやすい
- ガーデニング、手芸、楽器演奏などの趣味を持ち、楽しむ時間を増やしてストレス解消
また、身体的なストレスとして秋や冬の室内外、部屋から部屋などの温度差が血圧に影響し、心臓に大きな負担となることがあります。衣類やヒーターなどでできるだけ寒暖差が少なくなるよう、コントロールしましょう。入浴はぬるめのお湯にしたり、十分な睡眠をとったりすることも重要です。スポーツジムなどでサウナに入るのが好きな人は、脱水しやすいので十分注意しながら利用しましょう。
心臓にリスクがある人は、どんなことに気をつければいい?
健康診断で要再検査や要受診になった人など、心臓にリスクを抱えている人は、もう一段階慎重な生活を送ると良いでしょう。まずは、血圧に直結する入浴に関して、以下のような注意が必要です。
- 湯船の温度
- 熱めのお湯が好きな人は多いが、42度以上の熱い湯は血圧を一時的に上げる
- つまり、熱い湯は入浴直後の数分間、心臓に大きな負担をかけてしまう
- 38〜40度くらいのぬるめのお湯に、10〜15分間入ると負担がかかりにくい
- 入浴時間帯
- 食事の直後や飲酒後などは、血液が胃に集まっているため食前より心臓に負担がかかりやすい
- 食後に入浴するなら、1時間以上は経ってから。飲酒直後も非常に危険なので控える
- 入浴の方法
- 浴室に入ったら、心臓から遠い場所から順にお湯をかけて体温となじませる
- ゆっくり浴槽に身体を沈めていき、湯船から出るときは急に立ち上がらない
- 心臓にリスクがある人は、入浴前に家族に声をかけておくことも重要
また、ストレス解消のためにも生活習慣としても大切な運動ですが、心臓にリスクがある人は自己判断で始めず、必ず医師と相談してから始めましょう。いきなりジョギングやテニスなどの激しい運動をするのは避け、軽いウォーキングやストレッチなどから始めて身体を慣らし、徐々に運動量を増やしていきます。
そして、通勤経路や職場内のAEDの場所を確認しておきましょう。AEDとは「自動体外式除細動器」のことで、突然心臓が正常に拍動できなくなったとき、電気ショックを与えて心臓のリズムを正常に戻す機器のことです。自分の身に起こったときのためにも、職場や通勤中に誰かが目の前で倒れたときにも、慌てて探すことなく迅速に救命活動が行えます。
胸の痛みが尋常でないとき、すぐにおさまらないときには、すぐに救急車を呼びましょう。万が一、心臓への血流が途絶えてしまった場合、数分以内に危険な不整脈が生じ、意識を失う恐れがあるためです。そうなったら自分から救急車を呼ぶこともできず、周囲の人が呼んでくれるのを待つしかありません。早めに判断し、救急車を呼んでおきましょう。
おわりに:心臓に負担がかかると胸が痛むことも。ストレス解消や生活習慣の見直しを
心身にストレスがかかると、自律神経のうち交感神経が刺激され、心拍数や血流量が増えて心臓が普段よりも活発に働くことになり、心臓にも血管にも負担が増えることになります。心臓の負担を減らすためにも、ストレス解消は重要です。
心臓の負担を減らすためには、生活習慣の見直しも大切です。バランスの良い食生活や適度な運動習慣を持ち、身体的なストレスを減らすため、寒暖差や入浴時の血圧の変化にも注意しましょう。
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