話すときに言葉がうまく出てこない、同じ音を何度も繰り返してしまう、音を引き伸ばしてしまってうまく喋れないなど、いわゆる「どもり」のことを医学的には「吃音」と言います。
吃音の原因はまだはっきりとわかっていませんが、成人後に発症する吃音を「獲得性吃音」と呼び、幼児の吃音とは区別しています。今回はそんな獲得性吃音のうち、ストレスによる「心因性吃音」についてご紹介します。
なかなか良くならないどもり、吃音とは?
吃音とは、話し言葉が滑らかに出てこない「発話障がい」の一つです。滑らかに話せないことを「非流暢(ひりゅうちょう)」と言いますが、吃音に特徴的な非流暢として、WHOでは以下の3つが定義されています。
- 音の繰り返し(連発):「あ、あ、あさ」など
- 音の引き伸ばし(伸発):「あーーさ」など
- 言葉を発することができず、間が空いてしまう(難発、ブロック):「……あさ」など
このほか、発語の途中で音が詰まったりすることも吃音と考えられており、主に「言葉がうまく話せない」ことが吃音の問題として大きく挙げられています。しかし、聞き手が「どもっている」と感じても本人は吃音と思っていないケースや、周囲からは全く問題なく流暢に話しているように見える人が吃音に悩んでいるケースもあります。
また、脳の言語機能が何らかの原因で損傷された「失語症」でも吃音に似た言語症状が見られることがありますが、これは吃音ではなく「吃様症状」と呼ばれます。他にも、慌てたりびっくりしたりしたときなど、普段は正常に話している人が状況によってはどもってしまう状態は吃音ではありません。
つまり、吃音の症状とは「音を繰り返したり、詰まったりする明確な言語症状があり」、「器質的(脳や発語器官など)に明確な異常がなく」、「本人が流暢に話せないことを予期して不安を感じ、悩み、避けようとする」全ての状態が揃っているもの、と考えられます。日本音声言語医学会では、以下のようにさらに吃音症状を細かく分類しています。
- 言語症状
- WHOの定義にある3つの分類(連発、伸発、難発)
- 成人吃音の多くで難発が見られるものの、最初の一音が出ればあとは比較的流暢に話せるため、周囲が吃音と気づいていない場合も多い
- 本人も言いやすい言葉に言い換えたり、黙ったりするため余計に吃音と気づかれにくい
- 随伴症状
- どもっている状態から抜け出そうと行った動作が定着してしまったもの
- 瞬き、目を擦る、身体を仰け反らせる、手足を振る、足をばたつかせるなど
- 最初は効を奏するものの、次第に効き目が薄れて動作だけが残ってしまう
- 動作の種類によっては、吃音以上に本人を悩ませることになる
- 情緒性反応
- どもるかもしれないという予期や不安によって、またはどもってしまったことによって、表情や態度に変化が起こるもの
- 自分の吃音にどの程度敏感になっているかによって、反応には個人差が大きい
- 表情や視線:赤面する、こわばる、当惑する、目を反らす、ちらっと見る
- 態度:虚勢、攻撃的態度、おどける、恥ずかしそうな態度をとる、落ち着かない
- 行動:恥ずかしそうに笑う、いらつく、咳払いする
- 話し方:先を急ぐ、小声になる、単調になる
- どもらずに話そうとする工夫
- 延期:間をあける、回りくどい表現をする、「あー」「えー」といった音が入る
- 助走:話すスピードを速める、語音に弾みをつける
- 解除:一度話すのをやめ、再び話し始めようと試みる
- 回避(吃音を恐れるあまり、発話を避ける)
- 話す相手や場所を避ける、相手が話すのを待つ
- ジェスチャーを多く使う、言葉や語順を言い換える
- 中途で話をやめる(考えるふりをしたりわからないと言ったり、黙ったりする)
- 吃音症状が悪化して強く意識するようになるにつれ回避が始まるが、回避が強まるほど吃音は悪化する
吃音の問題の大きさは、言語症状そのものではなく、言語症状によって言いたいことが言えずにストレスを溜めてしまったり、周囲からからかわれたり、緊張や不安を強く覚えるようになったり、話すことを避けてしまったり、自己否定的な感情が強くなってしまったりといった困りごとに起因すると考えられます。
困りごとがあるからこそ、随伴症状や情緒性反応、工夫や回避などの症状が出てくるわけで、言語症状が大きくても困りごとがほとんどなければ、吃音の問題は本人にとってそれほど大きいものではありません。逆に言えば、言語症状は周囲から見てわからないくらいであっても、本人が強く困りごとを意識してしまうようであれば、吃音の問題は大きいと言えます。
吃音の困りごとを具体的にご紹介すると、以下のようなものがあります。
- 欲求不満、苛立ち
- 言いたいことがはっきり頭の中にあるのに言えない
- 自分の身体なのに、思い通りに動かせない
- 口やのどが制御不能の状態になってしまう
- 予期不安
- 以前失敗した経験を思い出し、もう一度あるのではないかと不安になってしまう
- 苦手な言葉や場面が近づいてくると、強い不安や緊張を感じる
- 苦手な言葉や場面を頭の中でイメージするだけで、身体が硬くなる
- 発話場面の回避
- 言いにくい言葉を別の言葉に置き換えて話す
- 言いにくい言葉があるときは、発話を避ける
- コミュニケーション場面や対人接触場面の回避
- 自分がやりたいことより、話す失敗がないことを優先する
- 話すのを避けるため、友人や仲間を極力作らないようにする
- デモストネス・コンプレックス
- 吃音がなければ何でもできるのに、と思う
- 吃音があるから、自分は何もできないんだと感じてしまう
- 吃音が治らないと、したいことは何もできないと思ってしまう
- ※古代ギリシャ時代、重度の吃音を克服して雄弁家として活躍したデモストネスにちなんだ言葉
- 自信喪失、自尊感情の低下
- 吃音のために上手く話せない自分自身をふがいないと思う
- 周囲の友人や仲間と比べ、自分は劣った存在だと感じる
- 吃音のために色々なことを避けている自分を情けないと思う
- 周囲の人の誤解や無理解
- 吃音で深く悩んでいても、「ただ上手く話せないだけ」と軽く捉えられてしまう
- 吃音が治らないのは、努力や練習が足りないからだと思われてしまう
- 吃音の話し方をおかしいものと感じられ、からかわれてしまう
ストレスや心理的な原因によるどもり「心因性吃音」とは?
ストレスが長期的に続いたり、トラウマになるような出来事を経験したりすることで起こる吃音を「心理的吃音」と言います。発達性吃音(言語獲得の過程で起こる吃音)と同じように、連発・伸発・難発の3つが見られますが、人によっては状況が変われば流暢に話せるようになることもあります。
心因性吃音は、10代後半以降から成人になって初めて発症するものです。子どもの頃に少しでも吃音があり、治まっていたものが大人になってから再発する場合、それは心因性吃音ではなく発達性吃音と考えられます。
現代社会はストレス社会とも呼ばれますが、我々は生活する中でさまざまなストレスを受けながら暮らしています。慣れていない状況に直面したり、苦手な人と付き合わなければならなかったりすることもあり、上手に発散できないと心に大きな負担がかかってしまうでしょう。その他にも、突発的に心に大きな傷を受けるような出来事が心因性吃音を引き起こすこともあります。
ただし、どもるのではなくごにょごにょと言葉が不明瞭になってしまう、主な症状は声がかすれることである、すかすかと抜けるような発声をする、常に喉を絞るように発声するといった症状の場合は、吃音の3つの症状に当てはまらないため、吃音ではない可能性が高いと考えられます。
心因性吃音を乗り越えるための対策は?
心因性吃音を克服するためには、ストレスのかかる環境を改善したり、吃音の治療を受けたりすることが大切です。また、その過程で信頼できる人に話を聞いてもらい、心理的な負担を軽減するのも良いでしょう。
- ストレスを減らす
- ストレスの原因となるものから距離を置き、ストレスを軽減する
- できることからで良いので、仕事の環境など変えられるものは変えていく
- 自分を労る時間を増やし、快適に過ごせる環境を作っていく
- 吃音の治療を受ける
- 心因性吃音の治療も、発達性吃音と同様の治療が有効
- 言語療法、認知行動療法、その他心理療法を中心に改善を目指す
- 専門家のサポートの元で吃音を治療・改善していくことは状況の把握にも、自分の状態を理解してくれる人がいるという安心感にも大切
- カウンセリングを受けたり、吃音を診察してくれる医療機関に行ったりする
- 誰かに相談する
- 一人で悩みを抱えていると、ますますストレスが大きくなって症状が悪化することも
- 職場で相談できる人がいれば相談し、今の状況を変えていくことも重要
- 家族や友人に相談したり話を聞いてもらったりして、心の負担を軽減する
また、他人に誤解されないため、あえて先に吃音のことをカミングアウトしてしまうという方法もあります。ただし、他人に吃音のことを打ち明けるのは非常に勇気がいることであり、さらに相手が理解してくれる人かどうかの見極めも大切です。理解してくれない人に打ち明けて、「ふーん」というような軽い対応をされ、余計に傷ついてしまうことにもなりかねません。
カミングアウトは「どもってはいけない」という自分のプレッシャーを軽くすることが目的であり、義務ではありません。カミングアウトすることで状況が悪くなることもあるようなら、無理してカミングアウトしなくても良いのです。吃音の認知度はまだまだ低いため、吃音を知らない人も少なくありません。カミングアウトした方が良い状況になると思えたときにだけ、カミングアウトするようにしましょう。
また、吃音改善の取り組みを行うためには、自分の吃音の程度を把握しておくことも重要です。吃音の段階が進んでいくにつれ、吃音を避ける傾向が高まりますので、あまり進行していない人に比べると改善に向けた取り組みも異なってきます。まずは、吃音の進展段階を知ることからスタートしましょう。
おわりに:「心因性吃音」の克服には、ストレスの軽減や心理療法が効果的
10代後半から成人になったあとに発症する「心因性吃音」とは、言語獲得の過程で幼児期によく起こる「発達性吃音」とは異なり、心理的なストレスや大きなトラウマなどが原因となって吃音が起こります。
心因性の原因があるため、ストレスそのものを軽減することや、言語療法・認知行動療法などの心理療法が有効です。カミングアウトは義務ではありませんので、職場や学校など周囲の人に理解が得られそうならしても良いでしょう。
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