性的な欲求の強さにはもともと個人差がありますが、加齢やストレスなどが原因となって、ある日気がついたら性欲が低下していた、というように変化することもあります。男性ではEDなどの疾患が気になる人もいるでしょうが、こうした変化は果たして治療すべきなのでしょうか。
今回は、病的な性欲低下とはどんな状態か、性欲低下を病院に相談すべきかどうかについてご紹介します。
「人間の性欲」は動物と違う?セックスは必要なの?
そもそも、人間をはじめとした多くの動物に性別や性行為、性欲があるのは、遺伝的に近い子孫を残し、かつ、環境が大きく変化したとしても適応できる子孫を残すため、遺伝的な選択肢を増やすための「有性生殖」という仕組みによります。逆に言えば、有性生殖をしない生物には性行為も性欲もありません。
性欲、すなわち性行為をしたいと思う欲求を司る部分は人間の大脳の「前頭葉」という部位の中の「間脳」の「視床下部漏斗部」のあたりにあります。この性欲や性行為を司る脳のことは「性中枢」と呼ばれていて、刺激を受けて興奮する部分と、刺激を受けることで逆に抑制される部分があります。
人間の性行為は、性ホルモン・性中枢・外的刺激の3つの条件によって行われるとされています。性ホルモンとは、一般的に「男性ホルモン」「女性ホルモン」と呼ばれるホルモンのことで、それぞれ3種類ずつあります。いずれも分泌のピークは20〜30歳ごろで、それ以降は徐々に減少していきますが、男女ともに死ぬまで分泌し続けます。
性ホルモンにはもう一種類「性腺刺激ホルモン」というホルモンがあり、男女ともに50歳を過ぎてからの方が20歳代よりも血中濃度が高いようです。外的刺激とは「視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚」の五感からの刺激で、特にパートナーからの容貌・容姿・教養・動作などの刺激が重要とされています。
加齢によって性欲が減退するのは、そもそもの性行為の目的を考えれば生殖の時期を終えたから、と考えられますが、具体的な身体の変化で言えば「加齢とともに性ホルモンの血中濃度が低下してきた」「性中枢の脳機能が低下し、刺激に対する感受性が低くなった」などのことが原因と考えられます。
例えば、性中枢が健全であっても、それ以外の部分の脳がストレスなどで機能が低下すると、肉体的に健康であっても性行為が行えないということもあります。人間の性中枢は大脳皮質によって調整されているため、温度や季節・年齢に関係なく、いつでも性行為を行えるようになっているのですが、逆に性欲や性機能も大脳皮質に与えられるさまざまな要素に左右されてしまうのです。
動物の多くは人間ほど大脳が発達していませんので、季節などによって身体の仕組みとして性欲が訪れます。しかし、人間は性ホルモンの働きだけで性行為を行うわけではありませんし、結果として性欲は生殖を目的とするものだけではなくなりました。生殖だけが目的なら動物のように季節や性周期によって性欲が起こるようになるはずですが、人間はそうではありません。
つまり、生殖機能そのものはもう衰えている高齢者であっても、人間らしいコミュニケーション手段の一つとして年齢に関係なく性行為を楽しむことには何の問題もないのです。しかし逆に、人間だからこそ性行為には必然性や緊急性もありませんので、性欲がないことを必要以上に心配する必要もありません。
加齢に伴って、生殖機能そのものが衰えてしまうのは仕方がないことです。例えば、男性の精巣の萎縮や勃起能力の低下は50歳ごろから進行してきますし、女性では更年期ごろから外陰・膣・子宮・卵巣などが萎縮してきます。それに伴って性欲が減ってくるのを感じる人は少なくありません。
局所の充血や感度、分泌物の減少、反応時間の遅れ、勃起時の陰茎の高度の低下など、加齢に伴うさまざまな変化によって性行為を行うことが困難になることもありますし、性欲の低下によって性行為をしたいという欲求自体がほとんどなくなってしまうこともあります。序文でもご紹介したように性欲には個人差があり、性行為に対する考え方も人それぞれです。
つまり、パートナー同士の間で性生活に対する不満がなく、身体や心に問題がなければ、性欲がなくても何ら問題はないのです。逆に、「セックスレス」と言われて初めて悩み始めた、というカップルも少なくありません。それまで性行為がなくてもお互いに心地よく穏やかで、良い関係を築けていたのであれば、無理に性行為を行う必要はないのです。
病気で性欲が低下することもある?
今までは人並みに性欲を感じていたのに、突然性欲をほとんど感じなくなったり、性欲を感じられるような気分にならなかったり、性に対する話をストレスに感じるようになったり、異性やパートナーを見たり触れたりしても気分が高揚せず、性的な魅力を感じないという場合、健康や身体、精神の状態に何らかの問題があって性欲が低下しているかもしれません。
例えば、仮面性うつ病、内因性・外因性うつ病、双極性障がい、単極性うつ病、生活習慣病などが考えられます。
項目 | 気質要因 | 環境要因 | 遺伝要因・生理学的要因 |
---|---|---|---|
女性 | ・性に関する否定的な認知(心配、罪悪感、恐怖など) ・精神疾患の既往歴 ・性に関する情報不足 ・性行為に関して非現実的な期待や基準を持っている など。性的苦痛と性生活の不満にも高い相関性がある |
・親との関係性、子どもの頃のストレスなど生育歴 ・大人になってからの性的・身体的虐待 ・全般的な精神機能とアルコール使用の併存 など |
・糖尿病、甲状腺機能障害などの医学的疾患 ・炎症性または過敏性腸疾患が性的興奮の問題と関係 ・遺伝的要因が強く影響することも |
男性 | ・気分や不安の症状(男性の性欲低下の有力な予測因子) ・精神疾患の既往歴がない男性の性欲低下は15%程度 ・精神疾患の既往歴がある男性の性欲低下は約半数 |
・アルコールの使用 ・その男性にとっての大きな問題(関係の解消を考える女性の妊娠を懸念するなど)に対する適応的な反応としての性欲低下 ・同性愛男性において、自分に向けられる同性愛恐怖、対人関係の問題、態度、適切な性教育の欠如、幼少期の経験からの心的外傷など |
・高プロラクチン血症などの内分泌疾患 ・性腺機能低下症の男性には、性欲低下がよく見られる ・勃起および射精の心配と、男性の性欲低下障がいが関連することも ・勃起しなかった、持続しなかったという経験が性的活動に対する興味を失わせるケースも |
このように、女性にとっても男性にとっても、突然性欲が低下する場合は何らかの精神的・身体的な問題が発生している場合があります。また、高齢者の場合は、性行為において以下のような問題が生じやすいと考えられています。
- 性反応の速度低下
- 反復による単調さ、マンネリ化
- 精神的、または肉体的疲労の蓄積
- 生活上の不摂生、特にアルコールやニコチン中毒
- 糖尿病、高血圧、心臓病、うつ病などの不安
- 上記のような疾患の予防や治療薬の長期使用
- 仕事や趣味に没頭するあまり、性行為に無関心になる
- 精神的な若さの消失、性に対する意識の変化
- 社会的背景となる高齢者本人への心理的・経済的負担
いずれの場合も、背後に精神的・身体的疾患が隠れているケースなど、病態によっては治療や対処が必要になることもあります。こうした対処や治療が必要とされる性欲低下について、次章で詳しく見ていきましょう。
病的な性欲低下ってどういう状態?
では、実際に対処や治療が必要となる「病的な性欲低下」とはどのような状態なのでしょうか。アメリカ精神医学会による「精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)」において診断される女性のケースと男性のケース、それぞれに分けて見ていきましょう。
女性の病的な性欲低下って?
女性が病的な性欲低下状態と診断されるのは、以下のような症状が約6ヶ月続いていて、しかもそれによって苦痛を感じている場合です。
- 性行為への関心の欠如、低下
- 性的・官能的な思考または空想の欠如、低下
- 性行為を開始することがない、またはその頻度が低下していて、多くは相手に求められても受け入れにくい
- 70〜100%の性的出会い(に類した状況や環境)における、性行為中の性的興奮や快楽の欠如、低下
- 70〜100%の性的出会い(に類した状況や環境)における、性行為中の性器、あるいは性器以外の感覚の欠如、低下
- 内的または外的な性的、官能的な手がかり(記述・言葉・映像など)に性的関心や興奮をもって反応しにくい、または反応しない
また、上記のような性機能不全は性関連以外の精神疾患や、重篤な対人関係上の苦痛(パートナーからの暴力など)、またはその他のストレス要因の影響では説明されず、物質・医薬品やその他の医学的疾患の作用によるものではないこともはっきりさせなくてはなりません。
性欲は、食欲や睡眠欲とは異なり、なくても個体の生存を脅かしません。ですから、疾患にまで至らない精神症状などと同様に、性欲の低下も本人や周囲が苦痛を感じていなければ、無理に治療する必要はありませんので、病的とは診断されないのです。
病的な性欲低下と判断されたら、次にその症状はどのように生じるのかを特定する必要があります。
- 来型:性的活動を始めたときからずっとそうだった
- 獲得型:比較的正常な性機能の期間があった後で発症した
- 全般型:ある特定の刺激・状況・相手に限らず、誰にでも起こる
- 状況型:ある特定の刺激・状況・相手の場合にのみ起こる
性的な活動が始まったときからずっとなのか、ある時から急に性欲が低下したのか、性欲低下が起こるのはある特定の状況下だけなのか、といった生じ方を特定することで、治療におけるアプローチ方法が変わってきます。また、以下のように物質・医薬品が関係している場合は、その点も考慮して治療を行わなくてはなりません。
- 中毒中の発症
- その物質・医薬品による中毒の基準を満たしている
- かつ、性欲低下の症状が中毒中に発症した
- 中断、または離脱中の発症
- その物質・医薬品の中断・離脱の基準を満たしている
- かつ、性欲低下の症状が物質・医薬品中止の期間中、または直後に発症した
男性の病的な性欲低下って?
男性の病的な性欲低下が診断・治療の対象となるのは「性的・官能的な思考または空想、および性的活動への欲求は、持続的あるいは反復的に不十分である(または、欠如している)」という状態のときです。不十分という言葉は非常に曖昧ですが、これも女性の場合と同様、苦痛と感じる範囲は個人差がありますので、判断は実際に診察に当たった臨床医に委ねられます。
一般的には年齢、その人の人生の全般的・社会的・文化的背景など、性的活動に影響を与えうる要因を可能な限り考慮して診断されます。また、性機能不全が性関連以外の精神疾患、重篤な対人関係上の苦痛、その他のストレス要因、物質・医薬品その他医学的疾患の作用によるものでないこともはっきりさせる必要があります。
そして、男性の場合もやはり症状の表れ方を特定し、アプローチ方法を考えなくてはなりません。
- 来型:性的活動を始めたときからずっとそうだった
- 獲得型:比較的正常な性機能の期間があった後で発症した
- 全般型:ある特定の刺激・状況・相手に限らず、誰にでも起こる
- 状況型:ある特定の刺激・状況・相手の場合にのみ起こる
「うつ病」のサインにも注意しておこう!
うつ病は性関連が原因とは限らない精神疾患の一つですが、うつ病を発症すると、その要因に性が関わっていなくても性欲が低下することが多いです。うつ病はなかなか自分で気づきにくい、気づいたときには進行していると言われやすいのですが、性欲低下以外にも以下のようなサインが現れたら自分でも注意してみましょう。複数の症状が出ている場合は、一度精神科や心療内科を受診してみると良いかもしれません。
- 体重が減った
- 人に会いたくない
- 楽しかった趣味をあまりやらなくなった
- 何につけても自信がない
- 仕事の能率が上がらない、仕事をしたくない
- 朝刊を読めない
- 朝の通勤が辛いが、夜には比較的仕事が進む
- イライラして人に八つ当たりしてしまう
- 自分のせいで業務が進まない、または進まないように感じている
- テレビや読書など、楽しんでいたことが楽しめなくなった
- 身体のさまざまな場所の調子が悪い
- 酒の量が急激に増えた、あるいは減った
また、中でも隠しにくいうつ病の症状として「睡眠障がい(不眠、中途覚醒、早朝覚醒など)、食欲不振、朝起きられない、疲労感、判断がつかない」などがあります。こうした症状によって日常生活に支障が出ている場合は、早めに病院を受診しましょう。
自分では気づかないけれど、周囲の人が気づきやすいうつ病の症状には、以下のようなものがあります。周囲の人にこうした症状が多ければ、受診を勧めてみても良いでしょう。
- 表情が暗い、イライラと怒りっぽくなった
- 口数が少なくなった
- 涙もろくなった、笑わなくなった
- 自分の失敗を必要以上に気にしすぎる
- 顔色が悪い、ため息が多い
- 反応が鈍い
- 落ち着きがない
- サボっているわけでもないのに、仕事の能率が悪い
うつ病なのか、他の精神疾患なのか見分けにくい症状として「怒りっぽくなる(易怒性)、体調不良が増える、転職や退職を考える、風邪がなかなか治らない、些細なミスを連発する」といったものもあります。こうした兆候も、周囲が気づいたら本人に伝えたり、場合によっては病院の受診を促したりすると良いでしょう。
おわりに:性欲が低下していても、本人や周囲が苦痛を感じていなければ問題はない
性の問題は非常にデリケートな部分であり、社会的・文化的背景によっても、年齢によっても捉え方はさまざまです。性欲がなくても個体の生存に問題がない以上、パートナーと良い関係が築けていれば、無理に性欲低下を治療する必要はありません。
しかし、それまで人並みの性欲があったのに、突然性欲が低下したという場合は注意が必要です。精神疾患や生活習慣病などの可能性がありますので、心当たりがあれば病院を受診しましょう。
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