ストレスを感じると心身にさまざまな変化が起こることはよく知られています。例えば、頭痛や動悸などもストレスから引き起こされるケースがあります。一方、ストレスで消化器官の働きが弱り、胃腸の調子が悪くなることもあります。
では、ストレスでお腹(腸)が痛くなるのはなぜなのでしょうか。ストレスが腸にどう影響するのか、過敏性腸症候群にスポットを当てて解説します。
ストレスは腸=お腹にどう影響する?
心身にストレスが加わると、脳の視床下部にある「室傍核(しつぼうかく)」という場所から「副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)」の分泌量が増えます。このホルモンは、腎臓の隣にある「副腎」から分泌される「コルチゾール」というホルモンの放出を促したり、交感神経を活発にして心拍数や血圧を上昇させたりします。
コルチゾールは代表的な「ストレスホルモン(抗ストレスホルモン)」の一種で、ストレスを感じたとき、ストレスに対抗しようとして分泌されるホルモンです。交感神経も同じように、身体のさまざまな臓器を自動的にコントロールする「自律神経」のうち、ストレスなどの外的刺激に対して迅速に行動を起こせるよう身体を活発にする神経です。
CRHはこうして身体をストレスに対抗できるような状態に導くと同時に、骨盤部の副交感神経(交感神経とは逆に、休息を司る神経)に働きかけて腸の運動も促すのです。そのため、心臓はドキドキと活発に拍動を繰り返し、大腸の動きが過敏になります。その反応が高じると、腹痛や下痢に進行していくというわけです。
さらに近年では、ストレスを受けたときCRHの影響で大腸の働きが活発になるだけでなく、大腸の腸壁でアレルギー反応に似た現象が起こることがわかりました。腸そのものがちょっとした刺激にも反応しやすくなる「腸の知覚過敏化」が起こると、その状態が神経を通じて脳へ伝えられ、気分や感情にも大きな影響を及ぼすこともわかっています。
腸が過敏な状態が長期間続くと、不安障害やうつ病を引き起こすリスクが高まるという指摘もあります。脳と腸は互いに密接に関係しあっていて、これを「脳腸相関」と言います。腸は「第二の脳」と呼ばれるように独自の神経ネットワークを持っていますが、その点からもストレスで腸が脳からの指令に寄らずとも独自の反応を引き起こすことも納得できるでしょう。
また、症状がキリキリとした腹痛だけにとどまらず、耐え難い腹痛や下痢にまで症状が悪化してしまう場合、多くは「過敏性腸症候群(IBS)」という疾患を持つ人だということがわかりました。大腸が激しく動くため、腹痛や下痢などの症状が起こってしまうのです。IBSは全人口の5〜10人に1人と言われるほどありふれた疾患で、症状が軽度なため診断に至らない人も少なくありません。
IBSはストレスを引き金として、腹痛・下痢・便秘などの便通異常を繰り返す疾患です。仕事や人間関係などの強いストレスを感じると、突如として腹痛や激しい便意に襲われます。排便するとすっきりして症状はおさまるのですが、職場や通勤電車内など、時も場所も選ばずに起こるため、日常生活への支障が生じる場合もあり、非常に厄介です。
IBSを持つ人は周囲から「気が小さい、神経質」などの評価を受けがちですが、必ずしもそんなことはなく、腸自体が刺激に対して非常に敏感であるといういわば身体特性といったものなのです。
例えば、空気の入った小さな袋を肛門から挿入し、腸の敏感度を測定するという検査方法があります。袋の中の空気を徐々に増やして腸壁に圧力をかけていくと、あるところで痛みを感じるというものですが、IBSを持つ人の場合は健常者が何も感じない程度の圧力でも腹痛を覚えたり、健常者がごく軽い痛みしか感じないような刺激でも強い腹痛を覚えたりします。
過敏性腸症候群とはどんな病気?
過敏性腸症候群について、もう少し詳しく見ていきましょう。過敏性腸症候群(IBS)とは、腸そのものには何の異常もないのに、腹痛や腹部の不快感に加えて下痢や便秘などの症状が慢性的に繰り返される疾患のことです。必ずしも神経質や生真面目な人ばかりがかかるものではありませんが、ストレスを感じやすい性格の人が発症しやすいとされています。
過敏性腸症候群は数ある消化器疾患の中でも、非常によく見られる疾患の一つです。日本では、便通異常で受診する患者さんの20〜30%は過敏性腸症候群とも言われており、年代的には20歳代と50歳代の女性、30歳代〜40歳代の男性に多く見られます。近年では、受験や友人関係のストレスから、小中学生の受診者も増えているようです。
過敏性腸症候群の主な症状は、便通異常(便秘型・下痢型・交替型)、腹痛、腹部不快感などですが、腹痛は必ずしむ痛む場所が一定していません。痛みの程度も軽いものから、絞られるように強く痛むものまでさまざまで、排便によって軽減されます。一般的に排便回数は多くなりますが、夜間の睡眠中はほとんど感じず、残便感や腹満感(お腹にガスが溜まった感じ)を感じることもあります。
過敏性腸症候群の症状は?日常生活に支障が起きることもあるの?
過敏性腸症候群では、排便回数は増えるものの排便の全量に影響するわけではありませんので、体重の減少はありません。腸の症状以外では、吐き気・食欲不振・頭痛・めまい・動悸・疲労感などの全身症状、不眠や不安感などの精神症状が見られることもあります。基本的にストレスがなくなればこうした症状も軽くなりますので、会社でストレスを感じやすい人は、週末には便秘や腹痛がなくなるということもあります。
通常、胃から腸へ運ばれる食べ物には多くの水分が含まれています。そして、約20時間以上の時間をかけてゆっくりと腸内を通っていき、その間に水分の一部は腸に吸収され、適度な硬さの便となり、排出されます。しかし、このときにストレスなどの影響を受けると、腸の動きに異常が起こります。
最初にご紹介したように、腸を含めた内臓の働きは自律神経によって制御されています。その自律神経に指令を出すのは脳の視床下部という部分であり、心身にストレスがかかると視床下部から適切な指令が送られなくなり、消化器官の働きが乱れてしまうのです。ストレスによる反応が現れる部位は人によって異なり、腸に現れる人もいれば心臓に現れる人もいます。
ストレス反応によって腸が過剰に働くと、胃から入ってきた食べ物が通常より速く腸を通過してしまい、腸で水分を十分に吸収できなくなってしまうため、便がゆるい泥状や液状の下痢となってしまいます。便秘の場合は逆に、腸の運動が鈍くなって水分が吸収されすぎてしまい、便が固くなってしまうのです。
過敏性腸症候群を持たない人であれば、身体の不調や食生活の変化などでこうした腸の異常が現れますが、過敏性腸症候群の人では以下のようなストレスを感じると症状が起こります。
- 通勤や通学中の車、電車などの中、通学路の途中
- 試験や会議など、緊張する場面
- 外出中や旅行中など、いつもと違う場所に行ったとき
そして、こうした症状が起こったときにいつもトイレがあるとは限らないため、外出や旅行、通勤や通学が不安になってしまい、日常生活に支障が出ることもあります。近年では、腸が過剰に反応する仕組みに「セロトニン」という神経伝達物質が関わっていること、セロトニンを上手くコントロールすることでストレスを感じても症状を抑えられることがわかってきました。
過敏性腸症候群のセルフケアの方法は?
過敏性腸症候群の診断は、どんな時に症状があるか、また腹痛や不快感がどのくらいの時間、どんな様子で起こるかを問診するとともに、他の疾患である可能性がないかどうかを確認した上で行います。その過程で検査をする場合もありますが、基本的には問診に行っていきなり大腸内視鏡検査を行うことはありません。
過敏性腸症候群の治療とは、過敏性腸症候群と上手に付き合い、できるだけ症状を発生させないよう軽減していくことを指します。規則正しい生活を送って正常な便通習慣を取り戻す、スポーツや趣味などでストレスを適度に発散するなど、心身にストレスをかけすぎないように心がけましょう。
その過程で、鎮痛薬・消化器運動機能改善薬・精神安定剤・漢方薬などを使うこともあります。過敏性腸症候群はストレスによって起こる疾患なので、薬による症状緩和はあくまでも対処療法であることを理解し、薬に頼りすぎず食事のリズムや内容、十分な睡眠、適度な運動など、生活習慣の改善を主軸として取り組んでいきましょう。
例えば、食事では以下のようなことに注意しましょう。
- 腸に負担をかけない食事
- 食物繊維を多く含む野菜や果物(ゴボウ、セロリ、ニンジン、リンゴなど)を摂取する
- 三食規則正しく食べる
- 繰り返し下痢を起こしている場合
- 腸への刺激を避けるため、コーヒーやスパイスなどの辛いもの、冷たいもの、脂っこいものは避ける
- 牛乳などの乳製品やアルコールも下痢を引き起こしやすいため、できるだけ控える
- お腹が張りやすい場合、炭酸飲料を控える
- 便秘の場合
- 香辛料など、刺激の多い食品は避ける
- 水分や食物繊維を積極的に摂取すると、便が柔らかくなりやすい
また、運動は腸の動きを正常に整えるだけでなく、過敏性腸症候群の緩和に大切なストレス解消にも効果的です。無理に負荷の大きい運動をする必要はなく、朝起きたときや寝る前にストレッチをしたり、1日20〜30分程度の散歩をしたりと、気持ちよく日常生活に取り入れられる程度の軽い運動をしましょう。
没頭できる趣味を持ったり、同じような境遇な人と話し合ったりするのもストレス解消になりますが、中には専門家によるカウンセリングが必要な場合もありますので、医師の判断を仰ぎましょう。人によっては、食事療法や運動療法だけでなく、日常生活への支障を止めるために薬物療法を併用する場合もあります。
ストレスを軽減するためには、自分に合った適切な対処法を見つけるのが重要です。セルフケアでリラックスすることもストレス軽減になりますので、最後にその方法をご紹介しましょう。
セルフケアでリラックスするにはどうすればいい?
セルフケアでリラックスする方法はさまざまなものがありますが、ここでは誰にでも簡単に行いやすく、リラックス状態に入りやすい方法を5つご紹介します。
セルフケアによるリラックス①:漸進的筋弛緩法
筋肉の緊張と弛緩を繰り返すことで、身体のリラックスを導く方法です。意識的に筋肉を緊張させ、一気に脱力するのを繰り返します。基本の手順としては、各筋肉に意識を向けて10秒程度力を入れ、その後で力を入れていた部分の全ての力を抜き、15〜20秒程度脱力する、というものです。脱力した感じをしっかり味わうのがポイントです。力を入れるときは、10秒が難しければ5秒でも構いません。
では、それぞれの部位について詳しく力の入れ方、抜き方を見ていきましょう。
- 両手
- 親指を包むように手を握って力を入れ、ゆっくり開いて脱力する
- 上腕
- 握った手を肩に近づけて力を入れ、ストンと脱力する
- 背中
- 握った手を肩に近づけて、肘を外に広げて力を入れ、ストンと脱力する
- 肩
- 肩をすぼめて力を入れ、ストンと脱力する
- 首
- 右に首をひねって力を入れ、前に向き直って脱力する。反対側も繰り返す
- 顔
- 口をすぼめてパーツを中央に寄せるように力を入れ、口をぽかんと開けて脱力する
- 腹部
- 腹部に手を当てて押し返すように力を入れ、ストンと脱力する
- 足
- つま先まで伸ばして下側の筋肉に力を入れ、足を下ろして脱力する
- 足を伸ばしてつま先を上に曲げて上側の筋肉に力を入れ、足を下ろして脱力する
- 全身
- 全身の筋肉に一度に力を入れ、ストンと脱力する
セルフケアによるリラックス②:呼吸法
心身の状態と呼吸には密接な関係があります。というのも、呼吸は自律神経によって制御されている身体機能の一つですが、唯一、自分の意思でもコントロールできるものだからです。つまり、呼吸によって自律神経の働きをリラックスモードに導くこともできるのです。交感神経が働く緊張状態では速くて浅い呼吸になり、副交感神経が働くリラックス状態ではゆったりと深い呼吸になります。
ですから、意識的にゆったりと深い呼吸をすることで、心身をリラックス状態に導くことができます。
- 息を吐く
- 臍の下に手を当てて身体の力を抜いたまま、口からゆっくりと息を長く吐いていく
- 息を吸う
- 下腹部を膨らませるイメージで、鼻から自然に息を吸う
身体の中の息を吐ききるときに気持ちが落ち着きますので、ゆっくり意識しながら息を吐いていきましょう。このときに、身体の緊張も息とともに吐き出すイメージで脱力していくと、リラックス効果が高まります。
セルフケアによるリラックス③:瞑想法
瞑想法とは、ある一つのことに意識を集中させ、日常の雑念から開放された意識状態に導く方法です。静かな場所で、座るか寝ながら行います。
- 目を閉じ、ゆったりとした気持ちで腹式呼吸を行う
- 一呼吸ごとに、呼吸だけに意識を集中していく
- 吸うときは吸うことに、吐くときは吐くことに意識を集中する
- ゆったりと楽に呼吸できるくらいのスピードで行う
呼吸に意識を向けられたら、次は「呼吸するときに動く空気の流れを感じること」に意識を集中していきましょう。途中でさまざまな考えが浮かんでくるでしょうが、あるがままに受け流し、呼吸や空気の流れを感じることにだけ意識を集中します。気持ちが落ち着いたら、いつでもやめて構いません。
セルフケアによるリラックス④:受動的音楽療法
音楽には、感情を高めたり、落ち着かせたりとさまざまな効果があります。ゆったりとしたテンポで落ち着ける曲であれば、自分の好みの曲で構いません。瞑想法と同じように、音楽に意識を集中し、身体の力をゆるめてその心地よさに浸ってみましょう。
セルフケアによるリラックス⑤:アファメーション
アファメーションとは、自分自身を励ます方法です。上手くいかないとき、どうしても気持ちが落ち込んでいると「自分はなんてダメなんだろう」と自分を責めてしまいます。ストレス状態では自己コントロール感が失われていることが多く、精神的サポートを必要としていても、求める支えが得られないケースが多いのです。そんなとき、自分で自分を励ます方法が効果的です。
具体的には、なりたい自分や理想の自分を既に叶ったという形で自分に対して宣言することです。例えば、「私は会社や学校でリラックスして仕事や勉強ができる。だから毎日が楽しい」といったように、以下のようなポイントに沿って短く、自分に対して肯定的な文章を作ります。
- 主語は自分にする
- 否定的でネガティブなイメージを避け、肯定的でポジティブな言葉を使う
- 現在進行形で文章を作る
- 自分の言葉で、シンプルな内容のテーマにする
アファメーションは1日だけでなく、継続して自分に言い聞かせ続けていくことで徐々に効果が現れてくるものです。ぜひ、朝起きたときや夜眠る前など、脳がリラックスしたときを中心に、気づいたときには何度でも行いましょう。
おわりに:ストレスでお腹が痛くなるのは、過敏性腸症候群かも
ストレスを感じると、脳の視床下部からCRHというホルモンが分泌され、身体がストレスに対抗しようとさまざまな反応を引き起こします。その過程で副交感神経が活性化されて消化器官の活動が促されたり、大腸が過敏になったりすると、腹痛や下痢が起こることがあります。
こうした疾患の一つに過敏性腸症候群というものがありますが、過敏性腸症候群の場合はストレスの軽減を通じて上手に疾患と付き合っていくことが大切です。
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