ストレスがかかると、心だけでなく体にもさまざまな不調が現れることがあります。一般的に腰痛は長時間のデスクワークや家事などが原因だと思いがちですが、明確な原因が見当たらないのに腰痛が起こる場合、原因はストレスかもしれません。
そこで、今回はストレスが原因となる腰痛や、その予防法についてご紹介します。長引く腰痛に悩んでいる方は、ぜひチェックしてください。
ストレスが腰痛を長引かせる原因に?
腰痛の原因としてよく知られているのは、骨や筋肉に異常がある「器質的要因」です。背骨の骨と骨の間にある「椎間板」という組織が飛び出して神経を刺激し、痛みが起こる「腰椎椎間板ヘルニア」などは腰痛の代表的な器質的要因として知られています。一方で、明確な原因が特定しきれない腰痛のことを「非特異的腰痛」と言います。
日本整形外科学会と日本腰痛学会が2012年にまとめた「腰痛診療ガイドライン」によると、原因が明らかでない「非特異的腰痛」は、腰痛全体の85%を占めるとされています。つまり、医師の診察やX線検査、血液検査、MRIなどで異常を発見できない腰痛が大半ということです。しかも、3ヶ月以上続く「慢性腰痛」を発症している人も多いのです。
非特異的腰痛には、姿勢や動作に関係する「腰自体の不具合」と、心理的なストレスに伴う「脳機能の不具合」の2つがあると考えられます。検査で異常が見つからない段階の不具合とは、明確な疾患に進行する前の段階であり、自分でコントロールが可能な状態であるとされています。具体的には、以下のような要因が考えられます。
- 腰自体の不具合
- 不良姿勢や持ち上げ動作による負担が、椎間板のズレなどにつながっている
- 心理的ストレスからくる脳機能の不具合
- 仕事への不満や周囲のサポート不足、人間関係の問題、痛みへの不安や恐怖
脳機能の不具合として身体症状が現れる場合、ストレスによって血管が収縮し、筋肉などに血流が流れにくくなることが直接の要因だとされています。とはいえ、これらの不具合はどちらか片方だけの要因によって腰痛を引き起こすことは少なく、たいていは両方の要因が重なり合っていて、身体的・精神的負荷の状況に依存すると考えられます。
また、一見原因がはっきりしている「椎間板ヘルニア」の場合でも、ストレスなどの心理的要因が深く関わっているケースが多いことがわかっています。椎間板ヘルニアでは痛みを感じる人と感じない人がいて、痛みを感じるかどうかには個人差が大きいのですが、実際に神経への圧迫だけが原因で痛みを感じている人はそれほど多くないのです。
それを裏付ける調査として、スイス・チューリッヒ大学が椎間板ヘルニアの患者さんに行ったものがあります。すると、神経への圧迫が強くて痛みを感じている人は全体の約1/3で、約2/3はうつ状態や不安が強い、仕事などで強いストレスを抱えている、といったように心の問題から痛みを感じていることがわかりました。
心理的ストレスによって脳機能の不具合が引き起こされると、「身体化」が起こります。これは身体に現れるストレス反応のことで、「睡眠障害・疲労感・頭痛・下痢・便秘・吐き気など消化器系の不調・息苦しさ・動悸」などがよく見られますが、肩こりや腰痛などとして現れることもあります。
さらに、近年解明されてきたのが痛みをコントロールする「ドーパミンシステム」という脳のメカニズムです。まず、私たちが腰痛の痛みを感じるのは、腰から痛みの信号が脳に伝わるからですが、痛みの信号が脳に伝わった時点で脳内には「ドーパミン」という神経伝達物質が分泌されます。すると、さらに脳内で「オピオイド」という物質が大量に放出されます。
それにより、神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンが放出され、痛みの信号を脳に伝える経路が遮断されます。このように、実際に感じる痛みを軽減させながら身を守る仕組みを「ドーパミンシステム」と呼びますが、これは誰でも生まれつき持っている人体(脳)の機能の一つです。
しかし、ストレスを長時間感じていると、脳内のドーパミンが放出されにくくなるため、神経のバランスを保つセロトニンの分泌も低下します。すると、痛みを抑えるメカニズムが機能しなくなり、わずかな痛みでも強く感じてしまったり、痛みが長引いてしまったりすると考えられています。
さらに、心理的ストレスは脳機能の不具合とは別のメカニズムによって、ぎっくり腰の発生リスクを高めてしまうこともわかっています。心理的ストレスを抱えた状態で持ち上げ作業をすると、作業時の姿勢のバランスが微妙に乱れるため、椎間板への負担が増えて結局は腰自体の不具合から腰痛を発症してしまうことがあるのです。
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どんな腰痛だとストレスが原因と言えるの?
では、実際にどんなタイプの腰痛ならストレスが原因だと考えられるのでしょうか。まず、原因がはっきりしている「特異的腰痛」、つまり心理的な要因や腰の軽度な不具合ではなく、何らかの器質的要因があると考えられる腰痛から見ていきましょう。
- 転倒などの後に痛み出し、日常生活に支障をきたすもの(骨折の可能性が高い)
- 横になってじっとしていても疼く、鎮痛薬を1ヶ月以上使っても痛みがとれない(脊椎またはそれ以外の重篤な疾患を発症している可能性がある)
- 肛門や性器の周囲が熱くなる、痺れる、尿が出にくい、尿もれなどの症状がある(腰部脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアに伴う重篤な神経症状の可能性がある)
- かかと歩きが難しいなど、足が脱力している(重度の椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症による筋力低下、または脳や脊髄の疾患である可能性)
上記のような状態は、原因疾患があり、かつその危険性が高いと考えられるものです。単なる腰痛と片付けず、早めに病院を受診しましょう。また、危険度はそれほど高くないものの、痛みや痺れが臀部から膝下まで広がる場合、椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症による神経症状(坐骨神経痛)の可能性があります。
何らかの器質的要因のない非特異的腰痛の場合、姿勢や動作による腰そのものの不具合と、心理的ストレスによる脳機能の不具合の両方が考えられます。姿勢や動作による腰の不具合とは、前かがみ姿勢や座位での猫背、腰を過剰に反らした状態、不適切な持ち上げ動作など腰への負担が引き金となって起こるものです。
一方、心理的なストレスが慢性化しているサインとしては、以下のようなものがあります。
- 眠ろうとしてもなかなか寝つけない
- イライラすることが多い
- なんとなく不安でゆとりがない
- 空腹のはずなのに、食欲があまりない
- 休みの日も仕事のことを考えてしまう
このようなサインに心当たりがあり、治療や検査を受けてもなかなか腰痛が治らない場合は、心理的ストレス(不安や抑うつ状態を含む)が影響している可能性があります。さらには、腰痛そのものが「痛みへの恐怖や不安」という形でストレスとなり、悪循環を生んでしまうこともあります。
しかも、痛みが怖いので身体(腰)を動かさないようにしたり、過剰に腰をかばって姿勢が悪くなったりすると、脊椎や背筋の柔軟性が失われたり、余計に筋肉や筋を痛めてしまったり、腰の軽い不具合からの回復を妨げてしまったりと、非特異的腰痛を悪化させてしまうこともありますので、注意が必要です。
ストレスが原因の腰痛はどうやって防げばいい?
ストレスが原因の非特異的腰痛は、まず心理的要因を一つでも多く取り除くことが重要です。そこで、まずは以下の3つのことを試してみましょう。
- 先々のことで悩みすぎず、「明日は明日の風が吹く」という気持ちでぐっすり眠る
- 美味しい食事や好きな音楽、映画など、自分の五感を楽しませることをする
- 誰かに愚痴を聞いてもらい、気持ちを楽にする
しかし、上記のような方法はあくまでも対処療法であり、いつまでも使い続けられるわけではありません。上記の方法でいったん気持ちが落ち着いたら、根本的な原因を見つめ直してみましょう。例えば、以下のような方法がおすすめです。
- 仕事そのものへのストレス
- やることが多い:リストアップして優先順位をつけ、終わったら確認のチェックをつけていく
- 毎日同じことの繰り返しで単調:取引先や同僚、仲間から感謝されたことを思い出す
- ミスに対する不安感:マニュアルや専門書を読む時間を作る
- 人間関係でのストレス
- 職場内で孤立している:積極的に報告・相談・質問をし、自分から関わっていく
- 上司と合わない:上司の役割や好きな部分、尊敬できるところをあえて書き出してみる
- 悩みを相談できる人がいない:悩みを書き出し、簡単な順に相談しやすい人に相談する
- 組織内での役割に関するストレス(プレッシャー)
- 能力以上のことを要求される:苦手な仕事を書き出し、なぜ苦手なのかその要因を具体的に考えてみる
- 自分の役割がはっきりしない:やってきたこと、これからやるべきことを書き出して上司に確認する
- 組織の構造や風土に対するストレス
- 方針や仕組みに対する不満:組織や上司が求めるものは何か、まず自分なりに考える。さらに、引き継ぎやミーティングでポジティブに質問し、自分の考えを述べる
- 指導姿勢に対する不満:自分の目標を具体的に設定し、職場内外で自分の理想のモデルとなる人を探す
- キャリアに関するストレス
- 将来に対する不安:自分ができること、やりたいこと、人や社会の役に立ちたいことを書き出し、3年後や5年後のキャリアアップのり想像を具体的に描いていく
役職者など指導する立場の方であれば、部下や同僚のこうした目標達成をサポートすることを考えていくと良いでしょう。それでも落ち込んでしまったら、自分の好きなことやリラックスできることを集中して楽しみましょう。怒りや不満が爆発しそうなときは、自分だけのノートに自由に書き出して、冷静になってから見返すと客観的な分析や対策ができます。
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また、瞬間的に苛立ったり、パニックを起こしたりしそうなときは、以下のような方法で深呼吸をしてみましょう。
- 目を閉じて背筋を伸ばし、できるだけ肩の力を抜く
- ゆっくり4つ数えながら、鼻から息を吸い込む
- 8秒かけて、ゆっくりと息を吐ききる
ドーパミンシステムに必要なセロトニンやドーパミンの分泌を促すのも、腰痛改善に役立ちます。仕事を始める前に「よし、やるぞ!」と内心で宣言するだけでも変わります。気持ちが仕事モードに切り替わりますので、仕事への集中力も高まりますし、苦手な仕事や乗り気がしない作業でも前向きに捉えやすくなります。
また、仕事中は「おはようございます」「ありがとう」「失礼します」「すみません」のようなクッション言葉を意識的に使っていきましょう。笑顔で挨拶したり、感謝や礼儀を忘れなかったりすることは、人間関係の潤滑油になります。そして仕事が終わった後は、だらだらと仕事のことを考えずに気持ちを切り替えましょう。
音楽や読書、友人とのおしゃべりはもちろん、ウォーキングなどの運動もおすすめです。特に有酸素運動は腰痛解消にもストレス解消にも効果的ですから、心身のリフレッシュのため、仕事の後にウォーキングなどの有酸素運動を行うと良いでしょう。歩数計を携帯し、1日のカウントの合計が1万歩を超えるようにすると確実です。100m先を見て、背筋を伸ばして歩きましょう。
ストレスによる慢性的な腰痛を抱えていると、痛みへの恐怖や不安から「肉体的な重労働はいけないのでは」「無理をせず、通常の仕事には戻らない方がいいのでは」と過剰に身体活動を制限してしまいがちです。しかし、こうした恐怖心や不安感も、身体活動の制限も、腰痛の改善には全くの逆効果だということがわかってきています。
もともと運動習慣がなかったという人は、軽いストレッチなどから初めても構いません。ぜひ、適度な運動習慣とともにストレスを上手に解消し、楽観的に腰痛と向き合い、前向きに毎日を過ごしていきましょう。それこそが、腰痛改善への近道なのです。
最後に、腰痛の改善に逆効果な3つの習慣をご紹介します。不安感や恐怖心からついついやってしまいがちですが、やらないよう気をつけましょう。
- すぐにマッサージや整体に通う
- 腰痛の原因には、ストレスなど心の原因の他、骨や内臓の疾患が隠れているかも
- まず、整形外科で検査をして、医師と相談の上で通うのが良い
- 自己流で筋トレを行う
- 腰痛予防には腹筋や背筋の筋力を保つことが必須ではあるが、トレーニングのやりすぎや無理は禁物
- 自己流ではかえって痛めてしまうこともあるので、主治医と相談しながら行う
- 喫煙習慣
- 喫煙は血管を収縮させるニコチンの作用によって椎間板を変形・変性させてしまう可能性があることから、腰痛の危険因子
- 喫煙本数が10本増えるごとに腰痛のリスクが10%上がるという日本整形外科学会のデータもある
- 不安感や恐怖心から喫煙してしまう人もいるが、ストレスを解消するなら他の方法で
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おわりに:原因疾患がなく心理的要因などの「非特異的腰痛」は85%にものぼる
心理的要因や腰の軽度な不具合が原因である「非特異的腰痛」は、腰痛全体の85%にものぼるとされています。つまり、ほとんどの腰痛は疾患に進む前の段階であり、自分で改善・コントロールができると考えられるのです。
非特異的腰痛を軽減するためには、心理的なストレスを減らしていきましょう。ストレスを溜め込まずに対処することや、根本的な対策を考えていくこと、心身のリフレッシュになる有酸素運動などがおすすめです。
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